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yuuの一人芝居

yuuの一人芝居

あしあとひとつあしおとふたつ  2


     鐘の音。
     それにかぶさるがごとくに激しい三味の音。
     明りは上手に下りている。障子の色は薄緑である。
      
お菊  うちが離れごぜになったのは十八歳の時でした。旅先で村の青年を好きになってしまったのでした。
「男を好きになったら地獄に落ちる。愛したら腕を切り落とし、ごぜ屋敷から追放するからな」
 その時、うちの耳の奥で、親方の言葉が何度も何度も繰り返し鳴っていました。
「お菊!なんしてごぜさの規律を破った。このふしだらな娘、そんな娘にどうしてなった」
 父の反省を促す言葉でした。
「お菊、女子の幸せは愛した人と一緒に暮らし、その人の子を産み育てる事じゃが、ごぜになったからには、それは出来ん。考えなおしてくれ」
 母の哀願するような言葉でした。
「どうして、どうして、人を愛してはいけないの。私の目が見えないからなの、、。私の心の中に宿った愛は、私の一番大切な宝物なのよ、誰も邪魔をすることは出来ないし、奪い取り除くことは出来ない筈よ」
 うちはに心の中にあるものの大切さを訴えました。
「お菊、人を愛すること、信じることはほんに尊いが、ごぜさには規律があってゆるされとらん。考え直してくれ」
 父は涙ながらに言いました。
「おきくよ・・・」
 母はそう叫んで頭を垂れました。
「離れごぜがどんなめにあうか、ように教えたろうが。目が見えん者でも、どんな障害を持った人でも、人を愛することの真実はほんに素晴らしいものじゃ。また、そうでのうてはならん。が、うちらごぜには許されとらん。これは何百年と続いたごぜの掟じゃ。諦めんといかん」
 親方は激しく叱りつけるように言いました。
 うち父や母 、親方の言葉に迷いました。だけど、考 えに考えた末に、ごぜの規律を破ったのでした。うちは屋敷から追放されました。そして、旅芸人をやめ、愛する人と一緒に暮らしました。うちは、毎日毎日がそれは楽しいものでした。愛する人のただそばにいるだけで、その人のたてる音までがうちの心を幸福へと導きました。月日が経つのが早い、もっとゆっくりならいいと思ったほどでした。、、ですが、愛する人は雪崩に遭い亡くなりました。
「ごぜの規律を破った罰じゃ」
 村人はうちに冷たく当たりました。
その言葉にうち泣きました。目から涙が溢れ止める方法を知りませんでした。
「この村から出ていけ」
 村人の叫びと一緒に小石まで飛んでくるようになりました。そうなると、もう村にいることは出来ません。うちを出ました。そして、元の旅芸人、離れごぜになりました。それしか、うちは食べていく道を知らなかったのでした。うちには生まれて数か月の男の子の大がいたのでした。うちは大を父母に預けようかと考えましたが、親と子が離ればなれに生活する事の淋しさ、辛さを一番良く知っているうちには、それは出来ませんでした。うちは三味と大を抱え、ごぜの一行の行かない所へ足を向け、遠く迄旅をしました。
「離れごぜは村に入れることは出来ん」
 と、追い返す村もありました。が、うちは三味も巧く、唄も上手でしたから、山奥の村から村を流して歩くことが出来ました。うちの三味の音を聞いて、門付けをさせてくれる家もあり、泊めてくれるところもありました。大をそばで遊ばせながら、三味を弾きました。
「お菊、どこを幼い子を抱えてさまょつておる。わし等に気を使わんでもええ、早ょう帰って来い」
「お菊、心配はいらん。どうにかなるから早ょう帰ってこ。みんなで一緒に暮らそうな、そうしてくれ」
 風の便りで、父母が心配してそう言ってる事をうちは聞いて知っていましたが、規律を破った者の罰としてこの苛酷な運命に従うことがうちの歩む道なのだと思うのでした。
                        暗転
     急
     中央に明り。序のよう障子の後ろから小さな赤の明りが差し込んでいる。
お菊  歩いているともみじが足元でカラカラと回っておりやした。
風の匂いでもうすぐ冬が訪れることを感じておりやした。風花が舞うその囁きで冬がきたことを教えられた。
真っ白な雪の上を歩く、うちの足跡が一つ・・・あしおとがふたつ・・・。雪を踏むあしおとがひとつと、雪を踏んで悪うございますと心で詫びる音が一つ・・・。その音を聞きながら生きたいと思っております…。
皆様の足手まといのうちらにはそんな心でのうては生きておられませんけえ…。お情けをいただくものの心のありよう・・・。そのような生き方でしかお返しできませんでした。
あしあとひとつ あしおとふたつ・・・足跡は見えませんけえ、足音で人さまとつながるしかありませなんだ…。
でもな、うちは瞽女でよかったと思うのですんじゃ。目が見えんから皆様以上にたくさんの夢が見られた、心の中にたくさんの思い出を作ることができた、恐山のいたこさんのようになくなった人にも会える、念仏を唱えながらその仏さんに手を引いてもろうて生きられる、貧しいから信心が深くなりより仏さんに近づこうとする・・・。
     間
これはみなさんに言うのではねえ、信心深い人が励んで裕福になると信心が薄れる、これは世の習い、だから人の道を忘れて仏に逆らう、うちは、うちに与えられた定めをときはなってくれようと、大と別れ別れになったということを…。
あれは大がまだ二歳のころのこと…。肌を切るような寒い風が舞っておりやした。大は胸に真っ赤なあざがありやした。うちにもそれはあります…。
     明りがえと場所移り。
     間
奇特な方に三味を語り歌を聴いてもらいました…。
「ごぜさの三味はええし、唄もなんとも言えん悲しみが漂うとってええ。うちに泊まってみんなに聞かせてやって貰えませんかの」
「お菊さんの三味が激しく弾かれる時は、日本海の波が岩にはじける時のように響き、吹雪の悲鳴のように迫ってくるの」
「静かな三味の音は、心の中に染み来んで、胸が締めつけられ、悲しみが沸きたつようじゃ」
 どこの村に行っても、村人からそのように言われるよぅになりました。
 うちは、愛した人を失った悲しい心を三味の音に乗せ、唄に込めました。そして、激しく弾く時は、何もかも忘れるために撥をたたきました。大は、三味の音を、子守唄がわりにして寝こむのでした。
「そろそろ、今日あたりから、吹雪になるかも知れん。今夜は泊まっていったほうがええぞ」
 と、心配して言ってくれるのを、
「はい、有難うございます。ご親切はとてもうれしゅうございますが、甘えてばかりはおられませんし先を急ぐものですから」
 と、断ったのでした。 
「そうかい、そんなら気を付けてな。危ないと思うたらすぐ引き返すのですぞ。子供さんに万一のことがあったら大変じゃからな」
 うちは礼を言って、村の道を抜け山へと向かいました。杖を頼りに山道を歩きました。山に入って少しして、冷たい風がそばを通り抜けたかと思うと、すぐ、饅頭笠に粉雪が舞い降りる音が聞こえました。それでも、山を越えようとしていました。風はだんだんと激しくなり、雪をともなって吹き付けてきました。木立ちが悲鳴を上げ、山が揺れているようで、歩くことも立つていることも出来なくなりました。吹雪は、うちと大を包み込みました。うちは大をしっかりと抱きしめて、岩影に隠れました。
「どうしょう。どうしょう」
 うずくまり叫びました。大は大きな声で泣き始めました。
「よし、よし、かあさんが悪かった。寒かろう、寒かろう。良い子じゃから泣かんでくれ。かあさんが悪かった」
 大をあやしながら声を掛けました。座り込んでおろおろとするばかりでした。が、何を思ったか岩影の雪をかき穴を掘り始めました。その穴に大を横たえ、背荷物から衣類を出してかけました。引き返して村びとに助けて貰おう。一人ならどうにか山を降りて助けを呼べると、お菊は思ったのでした。 
「すぐ返ってくるからな、待ってておくれ」
 そう言って引き返そうとしました。が大の泣き声で何度も何度も振り返りました。
「行かせておくれ、行かせておくれ。そうでないと、ここで二人とも凍え死んでしまうのよ
 思いを振りはらうょうに懸命に山を降りました。風の音は、大の泣き声のよぅにこだましていました。転んでは起き転んでは起きながら、
「助けて!助けて!、、、、、」
 と、泣き叫びながら降りて行きました。
「ごぜさ!ごぜさ!」
「ごぜさ!ごぜさ!」
 村人の声が吹雪の音と一緒に聞こえてきました。うちは一瞬立ち止まりました。そして、転げるように降りながら、
「私はここです」
 と、あらんかぎりの声を張り上げて叫びました。
「ごぜさ、無事だったか」
「心配をしたぞ」
「吹雪に巻かれて谷に落ちたかと思うたぞ」
 村人達はうちの顔を見て安心したのか優しい声をかけました。
うちを追って村人が助けに山を登ってきてくれたのでした。助かったと、ほっとしたその時、岩影において来た大のことが、お菊の胸の中に広がりました。
「赤ん坊の大を、だいを、、」お菊は山の方を振り返り叫びました。
「赤ん坊がどうしたんじゃ」
「岩影に、雪をどけ、風をさけて、、、、」
 うちは走りだしていました。
「おいてきたんか」
「はい」
「なんということを」
「よっしゃ。わし等は一足さきに行くから」
「そうじゃ」 二人の村人が山へ走りました。
「お菊さん、このわしの手にしっかりと捕まってついてきなせえ」
「はい」
 村人の手にしっかりと捕まり走りました。雪で足がもつれ幾度も転びそうになりました。
「だい!だい!」
 と、叫びながらもう夢中で走りました。
 大を横たえた場所には大はいませんでした。お菊は這い回りながら捜しましたが、大はおらず、かぶせた衣類だけが手に触れました。 
「ここに置いた ここで泣いていた」
 両手で雪を掘り始めました。
「おらんぞどこかの誰かが通りすがりに助けてくれたのかも知れんぞ」
「この足あとは、、、」
「狼のものじゃ」
「オオカミ、、。いいえ、そんなことはありません。きっと、そこらにいるはずです。お願いです、捜してください」
 泣きながら叫びました。
 村人はそこらじゅう捜して呉ましたが、見つかりませんでした。
 連れていけば良かった、たとえ二人が死んでも、放すのではなかった。そうすれば、この裂けるよぅな心の痛みもなく、後悔も残らないだろうと。自分が死んでもわが子を助けるのが母の努め。お菊は色々の思いの中でそう思ったのでした。そして、いつまでもいつまでも気が狂わんばかりに雪の中を這い回っていました。
「大!だい!何処え行ってしまったの。何処かの誰かに助けて貰っているの。かあさんは何時までも捜し続けるからね」 うちにとっては、大が生きていると思わなくては生きておられなかったのでした。
「まだ一歳にもなっておりません。胸に赤い痣のある子に逢うたら教えてください。。その子は私の子の大です。うちは門付け唄の前に一言付け加えて旅しました。時が過ぎると苦しみは薄れていきます。悲しみは消えていきますが、子を思う母の心は、時が過ぎることでは忘れられるものではありませんでした。私は、一歳、二歳と、大の成長する姿を思い浮かべながら旅をしました。年の頃なら二歳くらい、、、。私は旅の途中、大を置いた岩影あたりに来ると、三味を弾き、唄いました。
     ねんねんしなさい する子がかわい 
     おきて なく子がつらにくい
     ねんねんしなさい まだ夜は夜中
     明けりゃ お寺の鐘が鳴る
               [高田の子守唄]
 大が夜泣きをしたときに聞かせた唄でした。三味の音と、唄を、大が覚えていてくれるのではないかと思って弾きました」
 名主に語りました。名主は頷いて聞いていましたが、                   
「そうですか、そのよぅなわけが。私等も力になりましょう。あの峠は、この村の裏山じゃから気をつけておきましょう」
 と、言いました。そして、目頭をそっと押さえました。
      少しの間。
 それから四年の歳月が流れました。
大が見つかったときのことを…。
 村の秋祭りもすんで、もうすぐ雪の季節になろうとしている夜のことでした。名主の息子さんの長太さんは隣村まで用事で出掛け、遅くなり帰りを急いでいました。
 その時、遠くで狼達の吠えるのが聞こえてきました。長太さんは怖くなり足を早めました。西空には二十日月が山山を照らしていました。長太さんは、狼が岩の上に群れをなして、月に向かって吠えているのを見たのでした。その中に少年がいたのでした。月の光は、はっきりと少年を映しだしていました。 長太さんは家に帰り父に言いました。
「狼の群れの中に少年がいた」
「そんな馬鹿なことがあるか」
 名主さは最初は取り合いませんでした。
「あの少年は、ごぜさの子では」
「あの、お菊さんの子だと言うのか」
「そう思うた」
「そう言うこともあるな。よし、無駄でもいい村の者を集めて、その子を助け出そう」
 と、名主さまは言いました。
 次の日、使いの者を隣村へと走らせました。どこの村でも、うちの子供のことは知っていましたから、村から村へと伝わり、どこにお菊がいても耳に届くと名主さんは考えたのでした。
 山は燃えるような紅葉でした。風は山肌を駆け上がり、木立ちを鳴らせていました。紅葉が風に舞って落ちている姿は、まるで赤い雪が降っているようでした。
 村人は二人、三人と組になって山に入って捜しましたが、なかなか見付け出すことは出来ませんでした。
「あんたの子供さんらしい少年が、狼の群れ中にいたと、山もんが伝えてきた」
 と、うちが海辺の村に立ち寄った時に聞かされました。お菊は夢ではなかろうかと思いました。
「生きていてくれた、生きて元気に、、、」
 山への道を急ぎました。大の姿が見たい、いや、抱き締めて大きくなった身体を確かめたいと思いました。
 その頃、村人は落とし穴を掘り、その上に餌を置いて罠をしかけていました。少年は餌を取ろうとして穴に落ちて捕まりました。
「名主様、納屋に入れて置いて大丈夫で」
「とは言っても頭の髪は肩まで垂れて、身体には毛が一杯におおい、わし等を見る目は鋭く光って、身ぶるいがでるほど怖いぞ」
「でも、あの少年をお菊さんはどうするんじゃろう。六年も、狼の中で生きとったんじゃから、人間じゃと言うても獣と同じじゃ。人間の生活に戻すには、お菊さんの手には負えんのじゃなかろうかのう」
「じゃが、母と子じゃ。血がつながっとんじゃからどうにかなるじゃろうわい」
 と、名主さんは言いましたが、その顔は心配そうでした。
 少年の入れられている納屋に一匹の狼が近づいていました。少年は縄を歯で咬み切ろうとしていました。その時、少年の耳に三味の音が聞こえてきたのでした。少年は縄を咬み切るのを止めて、耳を傾けました。その音はいっかどこかで聞いたことがあると思ったのでした。その音は、外の狼が戸に身体をぶつける音で聞こえなくなりました。少年は縄を咬み切って戸の外へ出ました。長太さんも三味の音を聞いて外へ出てきたところでした。少年は山の方へ逃げようとしました。
「逃げたらいかん、逃げるな」
 その声に名主さんも村人とも出てきました。
 少年と狼が逃げょうとする前に、うちが立ちふさがりました。少年はうちに飛びかかりました。うちは手に持っていた撥を横に振りました。少年は胸を切られてその場にうずくまりました。
「お菊さん!」
 名主さんは思わず大きな声で叫びました。
 うちには何が起こったか分かりませんでした。見守るために自然に手が動き、何かを切った手ごたえはありました。少し離れたところで、苦しそうなうめき声がきこえて来ました。村人が近寄って来ました。狼は逃げよぅてもせず、少年の胸から流れる血を舐めて止めょうとしていました。名主さんと長太さん、村人は狼の姿を呆然と見つめているだけでした。
 名主さんは何にも言えませんでした。
 狼は少年を助けながら、少年も狼の背にもたれかかるようして、山の中へと消えていきました。
「大はどこです。未だ山ですか、助けてくれたのではないのですか」
 うわずった高い声で尋ねました。
 名主さんも長太さんも答える言葉がありませんでした。この場の雰囲気に気づき、
「それでは、今、うちにぶっかって来た、、。そうなんですね、大だったんですね。私の子の大であったのですね」
 必死に問いました。
「そうじょゃ、ぶかって行ったんがお菊さんの子じゃ。胸に赤い痣があったからな」
「それではどこえ、今どこえ」
「傷口を狼が舐めて、血を止めて、山に連れて帰った」
「それでは、この私が、私の子を、大をこの撥で傷つけたのですか、この撥で、、、。私はどうすれば、、、、、」
 その場にどっと泣き崩れました。
「お菊さん、子を想う母はの心はようにわかるが、少年の傷口を懸命に舐めとる狼の姿が、私等を無力にしたんじゃ。その姿はまるで親と子のよぅに見えた。愛の姿に見えた」
「それでは、私はどうなるんです。ようやく逢えようところだったのに」
「お菊さん」
 名主さんは小さい言葉を落としますた。
「大!だい!」と、叫びながら走りだしました。
「お菊さん、少年は山での生活の方が幸せじゃ。どこかで生きとる、そう思うて、あんたも強く生きてくれ。もう私等にはなにも出来ん」
「大!だい!、かあさんはこの私よ。狼の中での生活のほうが本当に幸せなの、、」 
「お菊さん、あんたの心は痛いほどわかる。子供を抱き締めたい親心もようにわかるが、、。もう後には戻らん。これからは強く生きてくれ」
 うちは、大がいるであろう山の辺りを見えない目できっと見つめ、背筋をしゃんと伸ばして、三味を弾き始めました。両眼から涙がほとばしっていました。
「大よ幸せになれ。大よ元気に生きろ。この三味の音が聞こえたら、その音を覚えていたら、どうか答えて」
 うちはあらん限りの力を振り絞り、想いを音に込めて、大に届けと弾きました。
「激しく弾かれる三味の音は、自然が人間に対して挑戦してくる厳しさと、それに耐える心を教えなくてはならん。干き返す波のよぅな音、人間の弱さ、哀しさを感じ取らせなくてはいかん。そして、その音を弾く者は、どんなに辛ろうても哀しゅうても、それを乗り切らんといかん。負けたらいかん」
 親方の声が三味の音に重なり、うちの耳に届きました。
「大ょ、幸せに生きてね。私はどこにいても大のかあさんょ。狼の中の方が幸せならばそれでもいい。どうか、この、私の三味の音に答えて、、、」
 青く透きとうるような夜空には月が煌煌と輝き、山に光を降りそそいでいました。
 三味の音が奥深い山の中に吸い込まれていきました。
 その時、狼達の遠吠えが三味の音に答えるように、聞こえて来ました。
 うちの耳には「お母さん」と、聞こえていました。

      しばらくの間暗闇で三味の音が響いている。
      明りがつくとそこは座敷。
スポットの中にはおきくが座って両手をつき頭を垂れ ている。頭をあげて、

あんときゃ、ただ生きていてくれさえすればとそれだけでやした…。
どこかで生きていてくれるそのことだけで満足でやした…。
生きとるか仏になっとるかわからんわが子を捜しあるくことの苦しさに耐えられんようになっており
やしたのかもしれやせん…。

なに、この話は真実眞にうちに起こったことでごぜいます。瞽女の口説ではありません。
なんもこだわっていては何もできませんわな。どこかで生きとるそれだけで生きることができるということを知りました。手をつなぐことはできんでも抱くことができんでもこうして生きておりますけえな。
 何の障害もない人たちはうちらのことを不憫じゃかわいそうにと思ってくれますが、うちらにはその人よりたくさんの幸せ作ることができました。吹雪の冷たい風は生きておるのじゃという温かさを教えてくれました。雨は穏やかな心をはぐくむ心を教えてくれました。風の音はまるで心のときめきのような思いをくれました。春に一斉に花開くその香りはいろいろな思いを感じ取らせてもらいました。夏の滴るような汗は元気の明石のように感じ取りました。秋には紅葉のむせかえるような匂いに人の無常を思いました。冬の寒さは私たちがまっさらの雪の上を汚してすまないと詫びました。瞼の裏にはぎょうさんの景色が広がりその中を歩くこともできました。眠りの中では夢が見えましたけえ。見とうない物は見なくて済んだし、いろいろな世界に旅ができたけえ。
大と別れることと、大の母になれたこと…。
皆様は人と別れることで涙を流すのでしょうか…。別れが悲しくて泣くのでしょうかの…。それが本
当の涙なのでしょうかな…。
別れ別れになる、人とはその人に会えたことがうれしくて、泣くのが本当なのではございませんの
かの…。
うちら瞽女は人と出会えたことのうれしさで泣く、うれしさで泣くのですのじゃ。

仏の教えは人との出会いを…それゆえに人と出会えたうれしさで…。
大が生きとる・・・大との別れを泣くのじゃのうてうちの子として出会えたことがうれしいと泣くの
ですんじゃ・・・。うちは幸せじゃ、大がどこかで生きとる、それだけで…。
     間
さあ、さあ、さあ…。湿っぽいお話はこの辺で閉じまして…。
佐渡おけさでも歌いましょ。今日のためにいいや明日が来ることを信じて…。さあ、さあ・・・。

佐渡おけさがうたわれる。
    三味が激しく書き鳴らされる。                    
                          幕



本日はご観劇くださいましてありがとうございました。この物語を稽古しているときから感じたのですが、健常者では感じられない世界観で生活をされ健常者では思いも得られない幸せを感じておられたのではないかと思いました。それだけの努力がなされ掴まれているのでしょう。
瞽女さの歴史は古く平安時代には盲御前として始まりました。盲目の旅芸人は全国的に広がりを見せます。食糧事情が悪く、また麻疹や風疹によって全盲になられる子どもたちが多くその子らが恐山のいたこに瞽女さに按摩さんなっていたのです。
瞽女さといえば越後の長岡、高田、戦後まで残っておりましたが、今は途絶えてしまいました。高田、今の上越市では瞽女三味、うたを継承し毎年瞽女さ物を掘り起こしていろいろな催を行い語り継ごうとしておられます。
私たちに何かを教えてくれている、忘れているものを気づかせてくれている、それを感じながらこの舞台に立ちました。
本日はありがとうございました。
     
                                                          劇団滑稽座



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